同盟育成会の沿革

古野伊之助氏 / 岩永裕吉氏
古野伊之助氏 / 岩永裕吉氏

同盟育成会は1940 (昭和15) 年8月、文部省 (現在の文部科学省) から設立を許可され、発足しました。設立申請者は同盟通信社長の古野伊之助氏。古野氏は1938(昭和13)年ごろ、当時の同盟初代社長の岩永裕吉氏に、青少年の生活と教育・育成の場の必要性を相談、既に若者への教育の場として自宅敷地を開放するなど教育熱心だった岩永氏が賛成したことが、設立への発端となりました。

2人は同盟通信社の自社施設として「社内で働く青少年の生活改善と訓育」を目的に「同盟学寮」を設置。これを運営する組織として財団法人同盟育成会を創設することにしました。設立に当たっては、岩永裕吉氏が生前に私財を寄付したほか、岩永家からも莫大な寄付を受けました。

戦後は同盟通信社の後身である共同、時事通信社の支援を受けながら入寮学生の対象を広げ、事業を存続。1965 (昭和40)年には、古野氏が受賞した「新聞文化賞」の賞金などを基に、「古野奨学金」を創設しました。

同奨学金は当初、貸与型でスタートしましたが、その後、大学院生と学部学生に対する給付奨学金に変わってきました。この奨学金は、対象をジャーナリズムに限るユニークな存在で、財団創設者の意を酌んだものとなっています。